私は大痔主である。この歴史は中学時代に「T氏」から学校の廊下にいるとき木刀で浣腸を受けたときからはじまる。私は、"あまりの痛みに息が止まる体験"、"「グゥワっ!」「はがぺ」とケンシロウにやられた悪者が感じたであろう驚きと衝撃と苦痛とが同時にやってくる体験"をこのとき初めてした。それは高校時代自転車通学中、サドルから受けた激痛と何らかわらないものだった。血が付いていたし。
私の肛門は、木刀やサドルという普通なら絶対に、肛門には入れないものがきっかけとなって、その後も、私がそんな数奇な経験をした肛門を労ることなくすごしたため、いつのまにか、怒って、大痔主様になっていた。
(ちなみに「T氏」は今は同じ市内でT接骨院を開いている。今はむやみに浣腸はしないから安心してください。私のかみさんも利用しています(^_^)V 小学生からおばあちゃんまで、大変人気がある接骨院だが、私は彼をみると肛門が痛くなるというトラウマがあるため、例え肩が脱臼して彼の病院が駆け込むのに一番近くても、彼のところへは行きません。)
さて、あるとき、わたしは「M氏」の店に遊びに行ったとき、その夏一番の暑さからか、痛みに耐えられなくなっていた(車に乗って汗で蒸れるのは痔には良くない。疼く)。それで彼から「ウォシュレットであらっておいで」「清潔にするのがいいから」とウォシュレットで洗浄をすすめられることになった。
私は、すすめられるまま、彼の店の上階にある自宅トイレを借りた。
私はトイレに入り、まず戸惑った。
使い方を、知らなかった。
しかし、「まあいいや。これも家庭用電化製品だし、わかるでしょう」ととりあえずすわってみる。
便座カバーがないのに、ほんわりあたたかい事に衝撃を受けつつ、右側をのぞき見ると、なにやら装置が付いている。昔のデュエット歌手の名前が一人だけ書かれていたりするが、全く意味が分からない(私は目がわるかったのでしっかり読めなかった。後から、それとは違うと分かる。)
その横には「洗浄温水」とかかいてある。
「この状況では、これだろう」と確信して押してみると、突然、ものすごい勢いでもってウォシュレットの水が私の股間めがけて襲ってきた。そして、次の瞬間、ものすごい激痛がしはじめた。「あはっ・・・!」っと女の人のような声を出してしまいながら、わたしは腰を上げた。
しかし、わたしは、とても冷静であった。よければすむからである。一瞬痛みに顔を歪ませたかもしれないが、すぐに
「あらよっ!」と水をかわした。
しかし、次の光景に私は完全に我を失いパニックになってしまった。
あらよっと水をかわす私の横をうおしゅれっとの水がもの凄い勢いで便器を越えて飛び出していく。「いけない!!!」と思った。一瞬、ホテルでお風呂の水があふれ出し、水浸しになるドラマの一場面が脳裏を横切り「このままよけていたらトイレが水浸しになってしまう!」と思った。
それで、わたしは、ためらうことのない責任感から、中腰のまま再び自分自身でウォシュレットの水をガードした。
トイレは守られた!
その代償として、再び私の肛門が激痛におそわれることとなった。
「これしかないんだ!」と、自分自身を納得させるよういいきかせ、「早く止めよう!」と決意するが、止め方が分からない。でも、このとき、私はまだ、落ち着いていた。そのうち止まるだろうと思っていたからだ。
わたしは、ほんのすこしずつ位置を微妙に変え痛みを移動させながら、この場をやり過ごそうと考えた。が、しばらく待っても、一行に止まる気配をみせない。いつまでも水はささーっっさぁーーーとさわやかに力強く、無感動に攻め続けた。そんなに甘いもんじゃなかった。
位置を微妙に変えるといっても知れていた。ケツの穴は小さい。「そんなケツの穴の小さいことをいうな!」とよくいうが、わたしは、みんなケツの穴は小さいと思う。わたしは段々苦しくなり、目も開いていられなくなった。
とにかくどれでもいいからボタンを押そう!と、しゃがみ込もうとするが、しゃがむとお尻に受ける水圧が高まり、激痛にたえられず、ボタンに手が届く位置まで、しゃがみ込むことができない。すぐにお尻をあげてしまう。
それでも、何度か試している内に、一瞬だけなら、痛みに我慢できそうなので、さっとしゃがんでボタンを押す。さっとしゃがんでボタンを押す。という方法を考えつき、何度かボタンを押すことができるようになった。うまくおせないことが多かったが、私はがんばって、ボタンを押すように努力し続けた。でも、なぜだか、水は止められなかった。
。。。だんだん、私の中にある声が聞こえはじめた。
ある声:「助けをよんだらどうだ?」
私:「それは、ちょっと、はずかしい・・・。この状況を見られるのか?それは、できない!!」
ある声:「じゃあ、お尻でブロックしてないで両手でブロックしたらどうだ!」
私:「なにをいっているんだ!手でやれっていうのか?」
ある声:「やれやれ・・・、じゃあ〜、まあ、いいじゃないか!トイレが水浸しになったって!そのお尻、どかして楽になっちまえよ。かまうもんか!」
私:「・・・そ、それは、できない・・・できないことだよ!」
ある声:「じゃあ、手で押さえてみろよ。おまえは勘違いしているだけだ。考えてみろ、水はきれいだぞ。なぜ、気づかない?おまえはいつもそうだ!」
私:「それは、そうだ!確かにその通りだ!なんて俺はばかだったんだ!ありがとう!よし、やるぞ!この苦痛から解放されるんだ!手をお椀型にまるめてやれば水は便器のなかに跳ね返るはずだ!」
私は、手で押さえ込もうと決意した。その刹那、
水は何もなかったように止まり、わたしは、開放された。
無意識の声と格闘しながらも、私の右手は必死にボタンをおしていたようだ。偶然だろうが止められた。こんなにうれしいことはない。もう、なんだっていい。
力を抜いた瞬間、激痛は再びよみがえり、私は、しばらく、そのまま便器にしゃがみこんでしまった。
ここで、どれほど長い時間を過ごしたのだろう・・・。
わたしが苦痛に顔をゆがめながらトイレを出ると「M氏」は、「もうでてきたのか?」とか、「ちゃんとあらえたのか?」とか、いろいろ聞いてくる。わたしは、きちんとわかるように、事細かく正直に説明すると彼は腹を抱えて笑い、そして、どこかへ消えた。
そう、消えた。「こうしたら、ちゃんとつかえるのだぞ!」とかそういうアドバイス的話もない。「はははっ!」と笑って、とっとといってしまうたぁ、どうやってこの話を誰に話そうかと考えていたに間違いないと思った。そして、しっかり後日、彼は、酒のさかなにした。それも、何度も。
こうして、私の大地主様は本来、救世主たらんとすウォシュレットからさえも洗礼をうけ、今も顕在である。
補足:文中のM氏は、ポスターとか額とか、扱っています。ギャラリーも運営しています。